
王家のイズミル王子と天河のカイル皇子は、何故バビロニアの女神「イシュタル」を崇めれるのか?ここでは、様々な観点からそのことについて詮議する。
イシュタルの崇められている地域は、彼女の出身である古代メソポタミア地方のバビロニアとアッシリアに多いとされている。イシュタルは出産・豊穣・性愛の女神とされ、「娼婦の守護者」でもあり、その神殿では神聖娼婦が勤めを果たしていたらしい。イシュタルは正式な配偶神は居なかったものの、多くの男神を愛人としていた。また、戦の女神や金星の女神としても崇められている。
「ギルガメシュ叙事詩」では、イシュタルが愛人とした多くの男神が不遇の死を遂げている。また、イシュタルは、ギルガメシュに振られた悔しさを父神アヌに告げ口して怒らせ、ギルガメシュを殺そうとする騒動を巻き起こす。
紀元前1531年頃、ムルシリ1世率いるヒッタイト古王国がバビロン第1王朝(古バビロニア王国)を滅ぼし、同盟国のカッシート王朝に引き渡して、それが4世紀程続くとある。「天は赤い河のほとり」では、主人公ユーリは紀元前14世紀にタイムスリップしているので、この頃にヒッタイト古王国の者が、同盟国に引き渡したとはいえ勝ち取った地の女神イシュタルを崇拝することは、そこまで不自然ではないのかもしれない。
「王家の紋章」の舞台では、バビロニアは依然として存在しており、またヒッタイトと敵対している描写はほぼ無いので、この説は使えず、あくまで王子にとってイシュタルは余所の国の神であるといえよう。
ちなみに、ヒッタイトには「シャウシュカ」という、イシュタルに似た、愛と豊穣を司る女神が存在していたようだ。ならば、イシュタルではなくシャウシュカを崇めてもよさそうなものだ。だが、シャウシュカはフリ系の女神であり、フリ系の宗教が深まったのはヒッタイト古王国の時代ではなくヒッタイト新王国の時代なので、シャウシュカはイシュタルよりはずっと知名度が低かった可能性がある。
前述項では、王家のイズミル王子がなぜ「イシュタル」を崇めれるのかという説明ができなかった。
さて、実は、この問いは既に単行本51巻にて、ハサズ将軍が王子に「何故バビロニアの女神イシュタルを崇めるのか」尋ねることによってなされている。王子は幼少の頃、イシュタルの生まれたメソポタミアで野営したときに「王子よ……そなたは未来……不思議な運命の乙女に出会う…そなたの恋は……あまく……苦しい……」という謎の声が聞こえた故、と答える。
しかし、それだけで異国の国の女神を崇められるようなものであろうか?という疑問が残る。だが、ヒッタイト人は数多くの神を崇拝しており、その神の多くは先住民ハッティや北メソポタミアを中心に活動した民族フリの宗教の影響を受けているそうだ。ヒッタイト人は、異民族の神を崇拝する事について抵抗が少ない方といえる。
前述項で示したとおり、イシュタルは出産・豊穣・性愛の女神であり、「娼婦の守護者」でもあり、戦いと金星の女神でもある。
天河のユーリは、戦いに参加するため、戦いの女神でもあったイシュタルとの共通点がある。また、出産もするため、その点も共通している。
対して王家のキャロルは、上記のイシュタルのイメージのどれにも当てはまるとは言いづらい。唯一当てはまるであろう点は、「ギルガメシュ叙事詩」での、イシュタルのトラブルメーカーっぷりであるが、これも、どちらかというとトラキアの王女がそのイメージに当てはまる(ギルガメシュに振られた悔しさを父神アヌに告げ口することなど)。
天河のカイル皇子が「イシュタル」を崇められることには、時代考証からの観点から説明ができるが、王家のイズミル王子の場合は、ヒッタイト人の気質の観点から強引に説明がつく。
なお、天河のユーリはイシュタルのイメージと共通している点があるが、王家のキャロルはイシュタルのイメージからはほぼ遠いといえよう。
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